6年前に直島に移住したきっかけは、大きく分けて二つあって。
一つは《瀬戸内「 」資料館》。つまり僕自身の最新作の制作ため。
もう一つは、生まれたばかりの娘をどこで育てるか、という家族や子育てのため。
2018年、仕事がとても忙しくて国内外を飛び回っている頃、愛知で娘が生まれた。子育てをするようになって、子育ては大変だけど人生の最も豊かな時間/旨味かもしれないと感じて、これまでみたいに旅や仕事でいろんなところを飛び回って家にいないのは勿体無いと思った。しかも、娘に必要とされるのも期間限定で長い期間でもないだろうし、小学校の高学年くらいになったら、「パパ嫌い」とか言い始めて、親よりも友達との時間を優先するようになるだろう。10歳くらいまでは子育てをする日常を中心にしながら生活や制作をしてみるとどうなるだろう、とふと思った。色々なことを考える中で、直島への移住が可能性を感じたのだ。
毎日、朝娘を起こして朝飯を作って、幼稚園に送り、その足で車で5分の《瀬戸内「 」資料館》で、コーヒーを入れて仕事を始め、夕方5時まで。娘を迎えに行き、夕飯まで遊び、一緒に風呂に入って9時半に寝る。基本的にこういうルーティーンを6年やってきた。(もちろん、出張で家を開けることもあるが。70パーセントはこういう日々。)
ただの親バカなのだけど。
旅中心の制作スタイルを変えてみたいと考えていたし、自分が置かれている環境に向き合いながら生活と制作をしてきたのだし、今の自分にできることを考えた結果だとも言える。だから、《瀬戸内「 」資料館》の活動の中には、週1回の小学生の子供向けの無料の塾があったり、島民むけのさまざまな研究会があり。子育てをする自分のルーティーンのなかに、さまざまなルーティーンを組み込んでいった。制作を旅という非日常で行うのではなく、子育ての日常の中で行う。一人ではなく、色々な地域の人と行う。さらに、その発表も美術館という非日常で行うのではなく、島の日常の中で定位置で行う。
今年、娘は小学一年生になった。もう送り迎えは必要なくなった。なんか寂しくて、朝の近所のゴミ捨て場まで一緒に行き、そこで「いってらっしゃい。気をつけてね」と別れる。少したくましくなった小さな後ろ姿を見ながら。少し娘が手から離れていくような感覚を受けた。
直島から再び別の場所に移動する日も遠くない。また、一人で孤独に旅しながら制作し、移動を重ねる日々が始まるのかもしれない。もう一度、新しい挑戦をスタートさせる準備を。

写真:2020年3月27日