インプロビゼーション(即興)としての教育

最近やっている子供の表現の塾は、即興だと思っている。
毎回使うための同じ教科書がある訳じゃない。そういうのを作るためにやっているわけではない。毎回子供たちの取り組みや成果をみながら、こちらも変化していく。(もちろん、流れや全体への意識は持っている。)それはかなり意識している。それを今までは「セッション」と呼んでいたが、曽根裕さんのインタビューを見ながら、「インプロビゼーション(即興)」とも言えるなぁと思った。

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曽根裕: ー(中略)ー 毎日がインプロビゼーション(即興)。瞬間ごとに行う判断や考えることも含めて即興性です。それは作る行為でも同じです。人前でやったらパフォーマンス、作るためにやったら彫刻です。音楽でいえば即興音楽みたいな感じなのです。起きてから寝るまで、考えることも含めて生きている。昔はもっとビルディングロマンスというように、ひとつのセッティングを作りあげて、自分の歩んで行きたい方向性みたいなものに対して、一個一個作品を記していくようなイメージがあったけれども、最近はもうちょっと即興音楽みたいな性質に変わってきましたね。

曽根裕インタビュー ART ITより
https://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/7gpfwcrxgjthxmoidabf/

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僕の制作の場合は、即興性が弱い傾向にあったと思う。幼い頃から性格的にもそうかも。会話ですぐに反応できないとか。制作は、散歩や旅をしながら風景写真を取り集めていくので、その瞬間瞬間は即興性はあるが、そこからゆっくりと意識的な積み重ねが重要なので、あまり即興性を意識していなかった。作品制作では非常に時間がかかる傾向があると言える。でも、展覧会とかは作品は同じですでも空間自体が変わるので、即興の感覚がなかったわけではないが。これまで、制作も生活も、予定を立てて、動いてきた。今年、3年後、5年後の目標を立てるのがルーティーンとしてある。
でも、子供が産まれて、自分の思い通りにいかないことだらけになった。予定をぶっ壊される毎日。ルーティーンを壊されるのが大嫌いだけど、子供だから仕方がないと諦めることを覚えた。それは新しい細胞のように自分の中で膨れ上がっていく。その中で、曽根さん曰く「毎日がインプロビゼーション(即興)」が僕の中にも産まれてきたのかもしれない。子育てはインプロビゼーション(即興)の連続! その新しい筋力を活かして、しまけんも新美塾が始まったのかも。

あ、そういえば、さらに、4月から京都芸術大学(旧造形大)の客員教授になりました。こちらも、「毎日がインプロビゼーション(即興)」でいきたいと思います。よろしくお願いします。

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