直島にMハウスと呼ばれる家がある。移住者が最初に借りる山っぺりの平家。
Mはムカデのことだ。
ここで移住者は試される。1日1匹超巨大なムカデと戦い続ける日々だから脱落者も出る。
うちの家族はというと、移住当初にこのMハウスに住む可能性も高く、家族で覚悟はしていたが、別の海っぺりのかなり新しい町営の一軒家をあてがわれ3年過ごした。とにかく島民が羨む新しい家で、ムカデ遭遇も1年に1匹くらいだっただろうか。(僕は一回顔を這われたが。)
3年がすぎて、妻が役場の仕事を終えたのでその家を引っ越すことになった。
直島の空家の取り合いは過酷だ。古くからの島民すら家を探している中で移住者が空家の大家さんを説得して、食い込んでいくのはかなりハードルが高い。ただ、僕らは1年前から探している噂を流し、ようやく「下道さんところなら」と改装業者のつてで古い2階建ての一軒家を借りることができた。近所の人がたまに家を見にきて「どうやって見つけたの?買ったの?」と質問されたくらいだ。
さて、この2軒目の家は山っぺりに立っている。かなり森に食い込んでいる。さらに、20年ほど人が住んでいなかった。Mハウスを超えるMの巣窟である可能性は高かった。近所の人に聞くと。
「直島の山っぺりの古民家の人はほとんど蚊帳で寝ている。頻繁にMが出るから。チャックで全部閉まるテントタイプの蚊帳を早く買った方が良いよ。」と教えてくれた。さらに
「Mの出る時期は春と秋。3ヶ月ずつ。暑い夏場や冬場は出ないけど、半年は出るので覚悟。家の周りを一周「ムカデ博士」を巻くのが効果的」だという。あと、「お正月飾りのしめ縄を焼いた灰を家の周りに等間隔でまく」という呪いめいたものも教えてくれた。1年の半分をMと戦う覚悟が必要だ。5さいの娘はこの家を「新しい古い家」といった。新しく引っ越したが、前の家からすると50年は過去にタイムスリップしたようだし、残念ながら古民家みたいな良さもない。しかし、直島で家は見つからないので仕方ないのだ。直島は子育てにもとても良い環境、しかも僕のプロジェクトもまだまだ進行中でなんとか住み続けたい。
4月から「新しい古い家」住み始めて、妻にネットで買える蚊帳をいくつか提案したが、なかなか決められないでいた時、1匹目のMが出た。想像を超えたデカさだった。太さは小指程度で大きさは10センチを超える。何年生きてきたんだと敬意さえ持てそうな立派なMだった。妻はすぐに翌日4人用の蚊帳を注文し、初めての家族の蚊帳生活がはじまった。娘はキャンプに来たみたいにはしゃいでいた。すぐに室内はバルサンをたいて、さらに屋外には「ムカデ博士」を家の周囲に隙間なく巻いた。手持ちの武器として用意したのは「凍結スプレー」と「火箸」。そこから間も無く、Mの猛攻撃が始まった。「ムカデ博士」のおかげで室内にはあまり入ってこないが、家の周囲の「ムカデ博士」手前で死んでいるMが毎日1匹以上。毎日それを火箸で挟んで捨てる作業。妻が夜中にうなされて起きていたが、Mの夢を見たという、完全にノイローゼだ。と笑っていたら、僕もその翌日、1メートルくらいのMと戦う夢を見た。家族揃って脳内までMにやられてしまった。
梅雨になった。Mは突然いなくなった。その代わりに…、
直島の中でM以上に島民を恐怖におとしいれている虫の噂が流れてくる。それは「羽アリ」と呼んでいる虫で、これもある時期だけに大量発生し、M以上に気持ち悪いと評判だ。
「羽アリは、梅雨時期の晴れた日の夕方に家の電気をつけていると、どこからともなく家の中に入ってくる。この時期に島内に3回程度、Xデーはやってくる。電気をつけていると大量に入ってくるのでガサガサ音がするほど。羽がポロポロと落ちて本当に気持ち悪い。対処方法は夕方から夜になることに、電気を消して寝るのみ。」というこれまた恐ろしい話。
夜真っ暗闇の島の山っぺりのうちの家は夜中に電気をつけていると虫が寄ってくる。まるで虫を集める装置のように。そして梅雨の晴れ間の夕方、パラパラと羽アリは室内に入ってきたのが分かった。妻に「今日が噂のXデーだと思う。寝よう、寝よう!」いうが全然理解してくれない。そのまま、普通に電気をつけて生活し、21時ごろ妻が娘を連れて寝室の2階み向かっていった時、ぎゃーー!!!と悲鳴。すぐにいくと、階段の壁に大量の羽蟻がうごめいている。すぐに電気を消したがもう遅かった。家の電気を全て消して、蚊帳に入るが、天井からガサガサ、パラパラと音が聞こえ続けている。朝起きると、床には死骸が散乱していた。うん、確かにM並に気持ちの悪い虫だ。
ムカデ、羽アリ、の時期が過ぎると、いや、その間に1週間くらい毛虫が大量に発生する1週間もあるし、みみずが出てくる時期もあるが。
夏になった。暑い夏。蝉が狂ったように鳴き始める。
うちの家は山っぺりなので、夜、虫を集める装置のようになることが分かった。毎日窓にバンバンセミやカナブンがぶつかってくる。網戸に虫はくっついてくる。ある夜中、小さな灯りをつけて寝ていると、ガリガリガリガリ何かをひっかく音がする、妻が気がついて怖がっている。「凍結スプレー」を手に蚊帳を出てカーテンを開けると巨大なカナブンが。ま、カナブンは大丈夫。ポイッと逃しておしまい。
ここまで暮らしてみて、Gを見ないと、妻は疑問に思ったらしく。近所の人によるとMはGを食べるからMハウスにはGは出ない、と聞き。不幸中の幸だと思ったが、お盆を過ぎた頃から、余裕でGもで始めた。1日何匹も。妻は期待した分、落ち込んでいた。
しかし、僕自身、これまで、ムカデ、毛虫、羽アリ、蝉、カナブン、とさまざまな虫にの猛攻撃を受け続けてきたからか、なんだか前よりもGが大丈夫になっている。
島の季節は驚くほど、ビビットに変化する。都会なんかでは感じられないほどに美しく素晴らしい。
その季節の変化を一番に感じるのは、空気感や木々でもあるが、やはり虫かもしれない。
実は今朝、朝娘を幼稚園に送りにいった時、昨日までは全くいなかったトンボが大量に発生していた。
さらに、この時期、巨大グモの季節。
秋が近づいている。
山の上の神社から子供たちの太鼓の音が聞こえ始めた。秋祭りの練習だ。
季節の音もこの島の美しさの一つ。
2023.9.4