新美塾! 記録集

新美塾!の記録集が完成しました。販売はなし。関係者に配布予定。

新美塾!は、美術館に展示……ではなく軽音部の部室を作る!そんな意気込みで作ったプロジェクト。
多分、これは自分なりのコロナ禍への反抗というか……。普段通り旅もできないような時代に少し自分の制作を置いておいて、本気で近所の小中学生の美術教育に向き合ってみようと、それが今自分にできる仕事ではないかと本気で思い込んでやってみた。それがほんの少しだけ形になった。

コロナ禍で、展覧会や美術館の成功を測る方法が入館者数であることの疑問や、輸送費をかけて作品や展示を作り動かす困難さに直面したり……、そんな中でふと足を止め、日常的に少ない人数とゆっくり時間をかけて付き合う”手作りの表現の学び舎”の実践を試してみるのはどうだろうと。
さらに、この時期にArtist in schoolのお誘いで北海道の小学校で何かを行う下見を行って構想していたことがパンデミックで何もできなくなったり、給食時間がバラバラに黙食しているのに悲しい気持ちになったり、甥っ子もそうだけど日本中(世界中)の学生が数年間部活も遠足も普通にできないまま卒業したり(不登校になったり)、集まれないのを利用して香港が一気に中国化されて友人の子供の教育環境が激変したり……。コロナ禍での社会全体から閉塞感と監視やコントロールが増している感覚が、本当にやばいなと感じていて。
さらに、2019年のヴェニスの後から、個人の制作と共に、共同で何かを作り上げることに興味を持ってい動いてきた活動の延長に”手作りの学び舎”の構想は生まれていて、それらは移住した直島の日常の中で《瀬戸内「 」資料館》の活動内に注入してきたが、旅ラボでMIMOCA(丸亀)の展示にぶち込もうとしてみて失敗したり、色々と試行錯誤と妄想は膨らませていたが、ちょうどそこに国立新美術館の教育普及チームが企画を手に飛び込んできてくれた…。新美の教育普及の思惑と挑戦、それと僕の最近の実践が合致して、(さらに面白い学生が集まって)思いもよらない、すごい勢いで転がっていってできたのが新美塾!という訳です。長くなりました。。詳細は写真の下に書きました。

最近、「下道さん!津波石の次の新作は?」とたまに言われるのですが、津波石のフィールドワークはコロナで中断せざる得なくなったままです。でも、コロナ禍という時代の変化にそれ以前の制作を同じようにできるはずもなく(思考も変化し)、それをうけて取り組んできた”新作”は《瀬戸内「」資料館》(2019-)であるがそれは動かせない作品(しかも福武財団のコミッションワーク?でもある)。その傍で密かに思考し制作してきたのがこういう手作りの表現の学び舎だった、というわけです。

こういう人と付き合う”教育”はとても大変だけど、本当に楽しい。反応が作品と違う形で返ってくるからやりがいも大きいし充実する。でも……、だから……まだ、程々にしないといけないのかもしれない。この3年本気で向き合って少しだけ気がついた。
少し孤独な旅人に戻ろうかなと。もう少し、自分を世界を孤独に掘り下げてみようと。

「中高生向けの表現の塾をつくる」 

新美塾!は国立新美術館(新美)ではじまった”表現の塾”だ。

参加するのは、表現するのが大好きで学びたい!けど、まだ将来どんな職業に就きたいのかよく分からない、という中高生たち。
例えば、絵を描くのが好きだけど画家になりたいわけではない……とか、面白いことを考えて人を驚かせるのが好き……とか、建物や風景を見るのが好き……とか、料理人になりたいけどもっといろんな表現に触れてみたい……とか、クラシック音楽をやってきたけど現代美術に興味がある……など、さまざまな個性の生徒たちが集まった。このコロナ禍で学校の行事や会話すら不自由ななかで、表現することが密かな生きる力になっているような彼らと向き合った半年間のプログラム。

2021年11月、僕へ新美の教育普及チームからこの「ユースプログラム」を一緒に作るお誘いがきた。

その企画は、アーティストと美術館と中高生が一緒になって作る新しい挑戦が描かれていた。企画書は、欧米の美術館ですでに行われている「ユースプログラム」を参考にしていた。その時、僕ははじめて海外の美術館での「ユースプログラム」の取り組みに触れた。これまで様々な美術館や芸術祭の教育普及チームと作ったとワークショップ(WS)は、作家が講師となって催される数時間のイベントであり、どちらかというと展覧会の補佐的な印象だった。それに比べて欧米型のこの「ユースプログラム」は、美術館の展覧会事業から独立して活動し、参加者と継続的な関係や場所作りを特徴としていた。例えるなら、学校に軽音部の部室を作るようなイメージだろうか。

僕自身、これまで旅をしながら作品を制作していた。その傍らで色々な国の中学校で特別授業を作りインタビューするプロジェクトや、このコロナ禍の数年は移住した瀬戸内海の島で「子供の表現の塾(毎週水曜1時間半)」を継続している。この美術館での新しい試みは、単発のイベントという形ではなく、少ない参加者と日常的に深く関わる活動として強く可能性を感じた。表現好きの中高生が美術館に毎週通うような新しい部室や塾にならないか…そんな妄想が止まらなくなった。そこから美術館とのイメージのすり合わせ可能性の共有を始め、数ヶ月してようやく「中高生の参加者と半年間関わり、オフラインとオンラインを混ぜながら、表現の課題や鑑賞体験を行う」骨格ができていった。

次に、従来の美術館のワークショップの参加者の層だけではなく、このような”表現の塾”を本当に必要としている中高生の手に届ける方法を考えた。具体的には、学校内に貼ってもらって、さらに担任に勧めてもらえるなどの届け方や、チラシにスマホで見れる「表現が好きな生徒募集!」の短い動画をQRコードで印刷したり。チラシとポスターは関東の中学校や高校に送られた。

僕自身、高校1年生の頃、美術教師に地元の画塾のチラシを渡され勧められたことがある。画塾に行ってみると、いろいろな学校から表現の好きな生徒が集まってきていて、急に世界が広がった経験をした。きっと、自分の中だけで、表現の熱を温めながら疎外感を感じている中高生はたくさんいる。表現がないと生きられない生徒がたくさんいるはず。そういう生徒を知っている教師がこのチラシを手に彼らの壁を突破してくれることを願って広報のアイデアにも時間を割いた。

嬉しいことに、実際に応募してくれた生徒の中には「先生にチラシを渡され勧められた」という美術館WS未経験者もいたし、予想を大きく上回る応募人数に僕もスタッフも手応えを感じた。それと同時に参加したい気持ちに全員に応えられなくて申し訳なくも思った。最終的に12歳から18歳の13人と共に第一回の「ユースプログラム」新美塾!は始まった。

実際に半年間行われたルーテーンとしては、2週間に1回のペースで”奇妙な通信教育キット”《ミッション》が参加者に届く。これがメインのコンテンツだ。毎回その封筒を開けると『インスタントカメラで毎日4枚ずつ日常を撮影してみよう!」や「自分だけの新しい箸を作ってみよう!」など《ミッション》と塾長の僕からのメッセージが書かれている。その課題をそれぞれが日常生活の中で行い、最終的にオンラインで発表しあう。《ミッション》を作る中で一番大切にしたのは、「技術力」ではなく「観察力」にフォーカスすること。彼らが自分自身の日常を深く観察して、さらに自分だけの小さな発見をみんなに共有する楽しさを感じる。2週間に1回このオンラインの《集会》を開き《ミッション》の成果を見せ合う。さらに月1回、展覧会を見に行ったり、アーティストやデザイナーに会いにスタジオビジットのオフラインの《集会》が開かれる。最終的には10回の《ミッション》、そしてオンラインとオフライン合わせて13回の《集会》が行われた。さらに、それぞれの自己紹介や関係性をつなぐルーティーンとして毎週収録して共有する13人とスタッフだけの《ラジオ》(17回放送)、そしてそれぞれがこの半年書き込んだ《手帳》はボロボロになった。

半年間のプログラムを終え、最終日ささやかな卒業式が開かれた。その中である中学生は「新美塾で自分は確実に変わったと思う。でも何が変わったかはまだわからない。」と語った。この美術館のプログラムは、きっと普段の学校のクラスや家庭では出会えない人と出会って、表現を通して自分の小さな日常を見る目や将来を考える思考が少し変わったのではないか。でもその本当の成果を感じられるのはまだまだ先の話かもしれない。もしかすると、卒業生の中からアーティストが出てくるかもしれないし、クリエイティブな料理人や大工や登山家など新しい仕事を生み出す人が出てくるかもしれない。それが今から楽しみだ。

下道基行 (「新美塾!記録集より」)

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