批評/review

《「鑑賞体験」から「発見の実体験」へ 》 中尾英恵

机の上に、やや手のひらに収まりきらないくらいの大きさの石がある。これは、展覧会カタログの付録の石である。見た目に反して、ずっしりと重い。ダンベルに丁度いいかな、、、私の元にやってきた黒部の石との今後の行方について、頭の片隅で考えを巡らす。
2005年のデビューから、およそ10年を経た下道の個展は、これまでとこれからを感じさせる内容となっていた。代表作である写真作品の《torii》、プロジェクト作品の《漂泊之碑》、新作の《石》からなる作品の3シリーズが展示され、展覧会初日には、沖縄の浜辺に漂着していたアジア諸国の瓶を素材に再生されたガラス食器を、実際に使うイベントが行われた。
新作の《石》は、展覧会場の地域でリサーチをして作られた新作でありながら、展示としてはささやかなものとなっており、代わりにカタログが《石》の作品のみを収めた写真集の様な形態がとられている。また、冒頭で述べたように、石をカタログに付けることで、購入者は、実生活の中に、「石」そのものを持ち込むこととなる。下道は、黒部の風景の中で発見した、人々が無意識にしている創造的な行為である、石に色々な価値を与えている様を、写真という記録媒体での展示と、カタログの付録として実体験として提示している。
また、会期中に2日間に渡って行われた「「太古の風景に耳を澄ます」大人のための本気のあそび体験ツアー」では、古生物の学芸員と考古学の学芸員との協力体制のもと、縄文土器の素材となる地層をリサーチし、その土を使って、縄文時代に作られていたであろう方法で、縄文土器を作られた。下道の制作に共通する「社会学的な客観性」と「個人的な物語性」とを、参加者自身それぞれが接合する。「風景に耳を澄ます」媒介者としての働きが、より一層強くなるのが、実体験となるワークショップやイベントである。
通常、カタログやワークショップは展覧会に付随する形をとっているが、本展では、それぞれが展示と同じヒエラルキーを持っている点が、下道の活動の在り方を反映するものとなっている。作品展示、写真集的なカタログ、ワークショップ等の直接的な体験、という3つの手法によって本展は成り立っている。
地方創生が国の重要政策として位置づけられ、大手広告会社が外部の目線で地元の人が気づかずに眠っている魅力を再発掘しリブランディングすることが盛んに行われている現在、目的が違うのでそもそもの違いがあるが、同じく外部の目線で拾いあげる下道の活動は、そのような強引なやり方ではなく、日々の生活、日々目にする風景の中から、自らが発見するスイッチを気づかせてくれる点において、大きな勢力に対する、ある種の対抗として働くものでもある。中学生とのコラボレーションや「新しい骨董」での活動など、活動領域を広げていっている下道の多角的な活動が現れている展覧会であり、動き出している今後の展開が期待されるものであった。

中尾英恵 (小山市車屋美術館 学芸員)

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