表現に対する「不自由」や「キセイ」をグレーゾーンから企画者や作家が引っ張り出し、見えない敵と戦うこと、それはグレーゾーンを減らしていく行為にはならないのだろうか?

なんかこの1ヶ月、表現の自由について何か書こうかと思うが、重い腰が上がらない。
なんかこの1ヶ月、少しfacebookを開くと表現の自由についてばかりが目立っていたようだが、それ以上に香港の友人達のアップする香港の現状を見ながら絶望的な気持ちになっていた。
(アーツカウンシルについては文化の色々な人々が手を組んで徹底的に議論していくべきだろう)
ただ、愛知の祭りは終わったが、香港は終わらない。
とりあえず、何も良いアイデアが浮かばないので、”慰安婦”の事をもう一度勉強を始めた。
リアクションが早くないし声もでかくないが、それぞれのタイミングと方法でこの状況を考えていきたい。

ネット上で全く話題になっていない自らの展示。絶賛開催中。
再度見にいくと思った以上にたくさんの人が熱心に見てくれていた。
焦る必要はない。「いいね」に踊らされる必要はない。
自分のペースで深めながら前に進むしかない。