[ 消える/残る Lose/Remain ]


2010.7.16 - 10.31






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岡山市内の出石の民家を改装して作られた夏3ヶ月限定のゲストハウス”かじこ”。
このゲストハウスに寄生するように、いくつかの作品を滞在制作した。
その中の一つが『消える/残る』。
これは、大阪の下町でゲストハウスの住み込みの管理人をしていた経験「移り変わる街」の中で「残るものと消えて行くもの」をテーマに書いた1000文字程度のテキストの作品。

このテキストは、ゲストハウスの玄関に置かれ、去る人はこれを一枚手にする。
紙に印刷され三角形に織り込まれているために、これを手にした人はすぐに読まずにポケットやバッグに入れることになる。つまり、このテキストはゲストハウスから離れた別の場所で”時間差”で読むことになる。

フィルムカメラで旅行中に撮影した写真は、帰国後、現像プリントするまでもう一度出会いない。そして、時間を経て、もう一度出会う旅の風景はすでに誰かの書いた物語のようだったりする。
その場で手にするモノと、失った後に手にするモノ。そんな時差を作品内に作りたかった。

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【消える/残る】

ある年、夏限定のゲストハウスで住み込みの管理人をしていたことがあった。
そして、夏が終わり少し涼しくなってきた頃、ゲストハウスを閉じる為に、大掃除をすることになった。壁や柱には宴会の時の飾り や落書き、掲示板は近所のおすすめの店や面白い人情報、ノートにはたくさんの日記や感想…。数ヶ月間の滞在者たちの痕跡をひとつひとつ片付けていくたびに、ゲストハウスは徐々に夏の始まりの姿へと戻っていった。
このゲストハウスは、大阪の下町の街角に建つ元タバコ屋だった激渋の一軒家。建物だけでなく街自体も、昭和の時代からすべて時間を止めてしまったような貴重な場所である反面、治安が悪く街の高齢化で空き家が目立つようになっていた。このようなゲストハウスを一時期運営して、外からやってくる若い人達にこの街に入ってくるとや興味を持ってもらうのがこの宿のひとつのテーマだった。
部屋の片付けもほぼ終わり、ひとりぽつんと引っ越し作業をはじめたその時、ガシャンガシャン…、土間のシャッターを外から動かしている音した。驚いて外に出ると、かつてここでタバコ屋をやっていたおばあちゃんがそこに立っていた。
「おにいちゃんかぁ、まだここに暮らしてくれてるんやなぁ…。ありがとねぇ…」
タバコ屋をやめて数年、今は少し離れたところに娘さんと元気に暮らしているらしいが、たまにこの家が気になってやってくるのだ。
「2 階で寝てはるの?あそこ床の間もあるから良いやろう…、この家の木材は私の親の山から持ってきた良い木やから、丈夫でしょう」
おばあちゃんは愛着のあるまなざしで家を眺めながら話す。僕は、この宿でおこったこの数ヶ月のこと、今日でココを出て行くことを話した。おばあちゃんは、話が分っているのかほんやりとそれを聞きながら、お礼を言い深々とお辞儀をして、家の方へ帰っていった。
おばあちゃんのタバコ屋だったこの家には、今でも店舗スペースだった土間や、柱に貼られた神社のお守りとか、壁に残ったキズや、生活の痕跡がたくさん残されている。そんなザラザラした家のノイズを、僕は気に入っていたし、ある程度そのままにして過ごした。
そして今、僕がここに来て数ヶ月で、たくさんの人と過ごし残していった痕跡が、おばあちゃんの残した空間内でコラボしている。
この町自体にもそんないろんな生活のノイズに溢れている。宿泊客がこの町の良さとして「昭和っぽい」「懐かしい感じがする」と言っていたが、それはただのレトロとかノスタルジーではなくて、おそらくこの町の風景のなかに残っているざらついた生活感や人と人との繋がりの風景、そして窓から入ってくるおばちゃんや子どもの会話や音…、そんなノイズなのではないかと思う。それは逆に言うと、日本の色々な場所でそんなノイズは消えていって、フラットで生活感のない風景が広がっているということなのだろう。
この町が持っている生活感はここが工場地帯の住宅地として誕生した経緯のなかでゆっくりと育ち、それを残しながらも今、ゆっくりとその機能を終えようとしているように感じる。近所の駅の裏の停滞し澱んだ運河は埋め立てられ新しい道路や公園に変わろうとしているし、新しいビル建設も川向こうまで迫ってきている。この町もそう遠くない未来に新しく生まれ変わっていくのだろう。それは仕方のないことなのかもしれない。ただ自分も含め今回この場所に少しだけやって来た人は、この街の何かに気がつき、それが失われていくことは残念に思ってしまうだろう。
”外からの人 ”が地元の人が気がつかずに壊してしまうモノに気がつくことは多い。例えば、外国人観光客が見つける日本らしさとかも面白いし、たぶん今回あなたがこの街で見て気になったものに地元の人は気がついていないかもしれない。ちなみに、僕は岡山出身なのに、この ”かじこ ”に泊まってこの地域をじっくり見たことで、改めて岡山の街の美しさを感じることができた。それは岡山を離れて長くなり外からやってきた感覚だったからかもしれない。あと、外からの人が集う ”宿 ”は、ただ寝る場所にしてしまうこともできるし、外から移動してくる人たちが交わり何かを落として拾っていく場所としても使うことができる。それは、宿と来客者の意識しだいだろう。

日が傾きはじめていた。片付けの手を止めてぼけっとしていると、町の路上花壇からはキンモクセイの香りがしていた。
窓から豆腐屋のカランカランという音が聞こえてきた…、やばい、はやく片して出て行かねば、起き上がって引っ越し作業をはじめた。
すっかり片付いた部屋の中で、夏のはじまりとは明らかに変わった自分がいた。

下道基行