ふたつの個展『漂泊之碑』 沖縄/大阪

”漂泊之碑”


過去はどのように編集され継承されるか。
そこに関わるモノの存在と、形状と意味の変容。
さらに閉じ込められた過去を開封する方法と体験。

『沖縄』と『大阪』にて同じタイトルで別々の新作個展を開催します。
2カ所の”船着き場”で“新しいモニュメント”をテーマにした連作。
沖縄では、沖縄本島や八重山諸島を旅し「揺れる境界」を、
大阪では今年閉廊した梅香堂にて「消えること」「残すこと」をテーマに。
シリーズ『torii』などの写真シリーズからコンセプトを繋ぎながら、
今回はカメラを主に用いず「蒐集」と「編集」を行ないます。


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個展
『漂泊之碑  沖縄/泊』
下道基行
2014年11月09(日)—12月2日(日)12:00-19:00 (水曜休み)
沖縄コンテンポラリーアートセンター
沖縄県那覇市泊3-4-13
企画展『隣り合わせの時間』(キュレーション:土方浦歌)連続個展形式内にて


泊について

ここの地名は“泊(トマリ)”という。
沖縄県那覇市泊3-4-13。フェリーターミナルが角を曲がったすぐの所にある。汽笛の音が時々この空間まで聞こえてくる。少し歩くと漁港があり市場が賑わっている。空にはカモメもとんでいる。港の隅には古い外人墓地がある。鮮やかな色の造花と芝生の緑と白い十字架。中国やフランスやスウェーデンやアメリカなどの色々な国籍の人々の名前が並ぶ。その敷地内に『ペルリ提督上陸之地』という石碑が立っている。ペリーは浦賀の翌年、この泊に上陸した。石碑には『琉球人の繁栄を祈り且つ琉球人とアメリカ人とが常に友人たらんことを望む。1853年6月6日、大美御殿における招宴席上のペルリ挨拶』とある。アメリカが、すでにこの時期に沖縄の地理的重要性に目を向けていたこと、そしてこの島が今でも様々な国の間で揺れていることにまっすぐに繋がるように感じる。
“泊”の意味は、【船が停泊すること。また、そのところ。】とある(『日本語大辞典』小学館)。ただ、船だけでなく「旅人が宿泊する」ように、漂う人や物がある場所に「(寄せて)停止する」というイメージを思い浮かべることもできる。
泊という地名は、ここの他にも沖縄県内にも他にもあるし、国内に多く存在していて、そのほとんどは港町や海沿いにある。北海道の原発の町も泊だし、青森や富山…、今は国内ではないけどサハリン(旧樺太)を旅した時にも、トマリという日本語の音だけがロシアの寂れた港町の名前に残されていたりもした。
“泊まる”は、“止まる”などの「停止する」意味合いだけではなく、その後、船や旅人が再びどこかへ「漂泊」をはじめる、「再び“漂う”可能性」「変化し続ける可能性」を文字の中に帯びている。色々な漂泊と定着が幾度と無く繰り返してきた人や物の往来の時間が地名から想像される。
今回、僕はこの泊に流れ着いた。ペリーのように計画的ではない…が、ただ偶然でもあり必然でもある漂着。そして、ここから沖縄本島や徳之島や八重山諸島、さらに台湾との国境の海上まで旅をした。様々な過去や人や風景に出会い、強く心が動かされた。この小さな島々は、様々な境界線が交わっていて、外から寄せてくるモノたちに常に翻弄され、逆にしたたかに利用しながら力強く漂っている。緩やかに混ざりあいながら変化し続けるこの場所に停泊しながら、たくさんの旅のはじまりの予感を感じた。
僕の今回のミッションは、この場所で新しい何かを生み出し見せること。それは、「僕自身が人と出会う時」や「作品に人々が出会う時」に良い意味で摩擦を生むことだと考えている。
今回の漂着や旅や出会いを内包した展示自体を“漂泊之碑”として表現しようと思う。流動的で可変性のあるモニュメントとして。

下道基行





企画展『隣り合わせの時間』
2014年10月12日-2015年2月17日(1作家1ヶ月程度の連続個展形式)
参加作家:黃沛瀅(台湾)、クォン・オサン(韓国)、青野文昭、下道基行
キュレーション:土方浦歌
日本、台湾、韓国からの若手作家四名が、沖縄を中心に移動しながら、地域住民との共働による滞在制作を行います。その各々の取り組みを、那覇市内の同じ場所で順次作家を変え発表していきます。
展覧会HP http://2014timesharing.jp/




漂泊之碑06.jpgのサムネール画像


個展
『漂泊之碑  大阪/梅香』
下道基行
2014年11月22(土)—30日(日)13:00~19:00
ASYL(元梅香堂)
大阪府大阪市此花区梅香1-15-18

今年閉廊した大阪のギャラリー梅香堂にて、「消えること」「残すこと」をテーマに作品制作を行ないます。シリーズ『torii』などの写真シリーズからコンセプトを繋ぎながら、今回はカメラを主に用いず「蒐集」と「編集」を行ないます。


【スペシャルトークイベント開催!】
2014年11月30日(展覧会最終日)
ゲスト:桂英史、服部浩之

■桂英史(かつら・えいし)
1959年長崎県生まれ。東京藝術大学大学院映像研究科教授。専門はメディア理論、図書館情報学。近年、国内外で新しい公共文化施設のプランニングに携わっている。主な著書に『東京ディズニーランドの神話学』(青弓社)、『インタラクティヴ・マインド』(NTT出版)、『人間交際術』(平凡社新書)などがある。監修者として携わった「美しい知の遺産世界の図書館」(河出書房新社)が、2014年10月に出版された。
■服部浩之(はっとり・ひろゆき)
1978年愛知県生まれ。2006年早稲田大学大学院修了(建築学)。公共機関である青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)に学芸員として勤務する傍ら、Midori Art Center(MAC)というスペースを独自に運営している。青森を拠点としつつ国内外のいくつかの都市や地域を往来するかたちで、建築的な思考をベースに様々なプロジェクトを企画運営し、場をつくり日常生活を創造的に拡張する試みを実践している。数多くの展覧会の企画にキュレーターとして関わっている。


■梅香堂について
西九条の駅を降りて、大阪の下町の梅香へ向かう。スーパーを越えると、運河につく。そこはかつて昔の波止場だったところ。石碑だけがそのことを伝えている。運河にかかる橋を越えながら、人々とすれ違う。運河にはいつものように水鳥がぷかぷかと浮いている。その向こうの川縁に“梅香堂”の明かりがいつものように見える。梅香堂は後々田さんの手作りのギャラリー。いつも“船”のようだと思う。本人もここを船に例えていた記憶がある。停泊中の船。船長は後々田さん。船長は多く過去を語らない男で、「後々ちゃんはミステリアスやから」とたこ焼き屋のてっちゃんも話していた。昔は、大きな船の船長をしたり、大学で航海術を教えたりしていたらしいが、それらをやめて、4年前からこの小さな梅香堂を近所の人々の手を借りてひとりで作り、操業を始めた。
停泊する梅香堂の船長室からはいつも川の水面がキラキラと眺められた。部屋には遠い世界のたくさんの土産物や難しそうな本がある一定の規則のもときちんと並んでいた。たまにふらりと立ち寄ると、他の国からやって来た別の船長と酒を飲みかわしながら難しい話を子供のように楽しそうに語り合っていた。そうかと思えば、近所の子供が訪ねてきたりもした。停泊中の梅香堂の扉はいつも開かれていたが、“普通の社会”の人々は怪しがってなかなか近付かなかったように思う。ただその“普通”のようなものをどうしても素直に受け入れられない人にも船長は優しかったし、船長自身も“普通”への疑問を持つ人だったんだと思う。「もしかすると、梅香堂は、この“普通”とされる世界と戦える数少ない“戦艦”だったのかもしれない…」と、書き始め、船長曰く“吹けば飛んで行きそうな”あの手作りの梅香堂を思い出してひとり吹き出してしまった。
梅香堂には若い船乗りたちが集まるようになった。彼らもまた、そんな“普通”に疑問を感じ、『作品を生み出すことで世界とぎりぎりつながっている』ような、どこか不器用である意味で強い船乗りが多かった。『芸術作品は人によっては装飾品かもしれないけど、人によっては船を前に進めるためのオールのようなモノだったりもする』から。定期的に、梅香堂は船長と若い船乗りをのせて、共に少し長い旅をすることがあった。知らない港に停泊し、様々な料理を一緒に食べ、夜な夜な怪しげなワインをちびちびと飲みながら、いつも船長は静かに話しを聞いてくれ、たまに昔の話をしてくれた。航路については、一切を任せてくれるので、えらく遠回りをして、結局別の港につくこともあった。船長は僕らに上から教えるのではなく、いつも静かに見守ってくれた。僕の1回目の梅香堂での航海は2009年冬。そして昨年末、4年ぶり2回目の航海の途中、突然、船長は消えてしまった。僕と船を港に置いたまま。今はまだそれから10ヶ月しかたたないので、僕はまだ船長はひょっこりと帰ってくるのではないかと思ったりもするんだけど、たぶんそれはないことも徐々に理解してきている。もっといろんな話をしたかったのに…。
僕は今パソコンに向き合いながら、後々田さんと出会ったことや、梅香堂で展示したこと、この四年間のことを思い出しながら、このおかしな文章を書いている。『船長は一体どこに行ってしまったのか…』そのことを僕は自分なりに言葉にしてみようと思う。
「船長は、実は僕らに内緒で、梅香堂とは違う新しい船をこっそり作っていたのかもしれない。それは手作りの“宇宙船”。今まで誰も見たことのないような最新鋭の”宇宙戦艦“…。こっそり行なっていたテスト飛行中、うっかり宇宙にまで行ってしまったのではないか…。」
以上、僕を育ててくれた後々田さんに感謝と敬意を込めて

下道基行