Sunday Creators

お元気ですか?

大阪での企画展「絶滅危惧風景」無事/大好評にて終了しました。
皆さんありがとうございました。
僕は『Sunday Creators』と題して、西成/新世界で趣味で色々と創作している人びとを探し展示を行いました。これは、自分の祖父の絵を追ったシリーズ『Sunday Painter/日曜画家』を、プライベートではなく街という空間に置き換えたプロジェクトでしたが、本当に大阪のおじさんやおばさんのパワフルさに助けられました。
以下は、展示でハンドアウト用に書いた文章/エッセイです。
見てない方は是非。

昨日今日は、部屋の大片付け。散らかった資料やチラシやノートやメモをファイルにとじる。あぁ、やはり自分はファイリングが好きなんだと思う。二日目。。
あと、少し落ち込んでたから、去年今年とやってきた自分をメモやチラシやらで再確認して、過去の自分に負けてられんなと思ったりもするわけです。ビバファイリング。

では、文章をどうぞ↓

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●秋葉さん(98歳/男性)

 昼間っからアルコールの匂いをぷんぷんさせたおっちゃんを交わしながら、動物園前商店街を元赤線“飛田”方向に進んでいく。路上や垣根に泥酔のおっちゃんが倒れている光景や、通りすがりに意味不明の言葉を投げかけられたりするここのカオスっぷりにも、リサーチ数ヶ月で慣れてしまった。
入り組んだ小さな商店街の通りのひとつに秋葉さんちはある。木造二階建ての通りに面して掲げられた看板には薄らと『玉突き』という文字が見える。少しあけられた家のドアの中をのぞく。いつもの定位置で、秋葉さんはTVを爆音にしたままウトウトしている。98歳。
なかに入ると、今日書いたという8文字熟語(?)を見せてくれる。「萬感追憶 故郷之夢」「秋之食欲 大試食会」「岡山桃太 郎黍団子」…。日々目にしたり思いついたありとあらゆる言葉を8文字でチラシの裏に墨で書いている。

元ビリヤード場だった飴色になった板張りの床や家具。壁にはかつてきゅーを並べた棚もそのまま残っているが生活で覆い隠されている。
かつて、この街は労働者に溢れ、そして彼らの歓楽街として栄えた。この街自体は、その頃の活気をうっすらと残している。
「今度階段からおちたら、お父さん、ホンマおしまいやからねぇ」
と娘さんが言う。秋葉さんは数年前階段から落ちた。それ以来ビリヤード台の置かれていた一階フロアには、巨大なベッドが置かれるようになった。秋葉さんは、完全復活を遂げて、周囲を驚かせた。ベッドの周りや部屋の至る所に、アキバさんが書いた俳句や日記や絵が積み重なって山の様になっている。
秋葉さんに出会えたことは、この展示「Sunday Creators」の大きな転機となった。過ぎていく小さな日々の営みの蓄積やコラージュ、そして老いていくこと含め、秋葉さんのこの部屋はこの街そのもののようだと感じた。
「俳句は、小学4年の時に、先生が教えてくれたんや。そうやなぁ〜、4文字熟語は、満州におる時には、やっとったからねぇ。書かない日もあるけど、だいたい毎日今でも書いとる。」
話はよく満州の時代の話になる。工作員をしていた頃の遠い世界の長〜い話。この街をリサーチしていて、ふらりと寄ってしまうと、2、3時間帰れなくなってしまう。ただ、なんというか、時々「きみらはこんなことも知らんのんか?」的な挑発もされるので、負けじと話し返すが、こちらがトークのペースを握れたためしはない。というか、耳が遠いこともあって聞き返しても半分くらいはスルーされる。しゃべりや知識において、30歳程度の僕とスタッフ数人集まっても、98歳では歯が立たない。
気がつくと夜になっている。帰ろうと腰を上げると、娘さんがこっそり近所のうどんの出前を取ってくれている。
「ここのうどんやさん美味しいのに、主人が不器用やからかなぁ、お客さんあんまり入っとらへんで…」と娘さん。きつねうどん絶品。元ビリヤード場でテーブルを囲む。そのテーブルにも長い物語がある。食べながらも話すので、時々秋葉さんの口の中からうどんがピョコッと飛び出す。


●高木さん (70歳/男性)

その時代に生まれていたわけではないので知らないが、”飛田新地”の夜は江戸時代のようだ。実際は大正時代の街並なのだが、遠い昔の日本らしさを感じる。夜は妖艶。元遊郭、元赤線、アムステルダムでいうとレッドライト地区。高木さんちは、そんな飛田新地のはずれのマンション。
「高木さーん、制作の調子はどうですかぁ?」と、高木さんの部屋に通う僕とプロジェクトスタッフは、いつの間にか原稿を取りにきた雑誌の編集者のようになっていた。高木さんは、いつものように、こたつに座り、黙々とスーパー玉出のチラシでこよりを作っている。伝統工芸の職人さんのような鮮やかな手つきだが、もちろん趣味だ。街では”元大工さん” と言われているが、”元建設業”が正しい。
「商店街に今はブルーシートがはってあるとこ、昔あそこにお寿司屋さんがあったんや。ほんで食べに行ったら、5円か50円で出来た五重塔が置いてあって、「お客さんが作って持ってきてくれたんや。」言うんです。気になって、五重塔をABCと模型屋に色々見に行ったんです。そしたらキットで5万円とか、結構高こうに売ってましたわ。昔から手を動かすんが好きやから、船とか、模型なんか作っては子どもや誰かにやるんです。お金に余裕があったら五重塔も作ろうかなぁと思いましたけど、そんな余裕ないでしょ。(笑)
雑誌の五重塔の写真や四天王寺に行った時に写真撮ったりして。一番最初は爪楊枝で作ろうとしとったけど、爪楊枝じゃ折れてしまうんです。次に2番街の「餃子の王将」に食べに行ったとき、「割り箸置いといてくれぇ」言うたら、「なにするんや」って聞かれたけど、「なんでもええから置いといて!」言うて、洗って置いといてもらったんで作ったんです。それはそんとき住んどった三洋荘にあげたなぁ。ことぶき食堂のとこにもあったでしょ。
普通のちらしやと厚すぎてダメなんです。薄いんは玉出とJoshin電気のちらし。だから溜めとくんや。玉出はいろただけでもう分るんです。玉出のちらし、色も模様も、きれいでしょ。
今度、通天閣もつくりましょうか。
ほら、ここの窓から、通天閣みえるでしょ。夜チカチカ光ってんのが見えてきれいでしょ。」
高木さんの作品との出会いは、デイケアセンターのバザーで販売されていたチラシの五重塔をそこの職員の方に見せてもらった時だった。リサーチの帰り道、商店街の食堂の硝子ケースの中に食品サンプルと並んでディスプレーされた高木さんの五重塔を、ひとりが発見したときの感動っぷりはすごかった。店員さんに聞くとやはり高木さんはここの常連だった。その後、街のあちこちで五重塔は発見された。
「なぜ、高木さんはモノをつくるのですか?」と、NHK『プロフェッショナル』の茂木さんのように、聞いてみた。すると、「暇やからねぇ〜」と軽やかに返事が返ってきた。
時々、この街のおじさんたちの”超当たり前の言葉”に、僕は心を強く打ち抜かれる。


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最後まで読んでくれてありがとう。
最近ゆっくり動き始めました。
やるぞーーーーー

なんだか、友人中崎もむくっと起き出したようです。
http://tohru51.exblog.jp/16100626/

2011-03-30 21:15