泊にて


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ここの地名は“泊(トマリ)”という。
沖縄県那覇市泊3-4-13。フェリーターミナルが角を曲がったすぐの所にある。汽笛の音が時々この空間まで聞こえてくる。少し歩くと漁港があり市場が賑わっている。空にはカモメもとんでいる。港の隅には古い外人墓地がある。鮮やかな色の造花と芝生の緑と白い十字架。中国やフランスやスウェーデンやアメリカなどの色々な国籍の人々の名前が並ぶ。その敷地内に『ペルリ提督上陸之地』という石碑が立っている。ペリーは浦賀の前年、この泊に上陸した。石碑には『琉球人の繁栄を祈り且つ琉球人とアメリカ人とが常に友人たらんことを望む。1853年6月6日、大美御殿における招宴席上のペルリ挨拶』とある。アメリカが、すでにこの時期に沖縄の地理的重要性に目を向けていたこと、そしてこの島が今でも様々な国の間で揺れていることにまっすぐに繋がるように感じる。

“泊”の意味は、【船が停泊すること。また、そのところ。】とある(『日本語大辞典』小学館)。ただ、船だけでなく「旅人が宿泊する」ように、漂う人や物がある場所に「(寄せて)停止する」というイメージを思い浮かべることもできる。
泊という地名は、ここの他にも沖縄県内にも他にもあるし、国内に多く存在していて、そのほとんどは港町や海沿いにある。北海道の原発の町も泊だし、青森や富山…、今は国内ではないけどサハリン(旧樺太)を旅した時にも、トマリという日本語の音だけがロシアの寂れた港町の名前に残されていたりもした。
“泊まる”は、“止まる”などの「停止する」意味合いだけではなく、その後、船や旅人が再びどこかへ「漂泊」をはじめる、「再び“漂う”可能性」「変化し続ける可能性」を文字の中に帯びている。色々な漂泊と定着が幾度と無く繰り返してきた人や物の往来の時間が地名から想像される。

今回、僕はこの泊に流れ着いた。ペリーのように計画的ではない…が、ただ偶然でもあり必然でもある漂着。そして、ここから沖縄本島や徳之島や八重山諸島、さらに台湾との国境の海上まで旅をした。様々な過去や人や風景に出会い、強く心が動かされた。この小さな島々は、様々な境界線が交わっていて、外から寄せてくるモノたちに常に翻弄され、逆にしたたかに利用しながら力強く漂っている。緩やかに混ざりあいながら変化し続けるこの場所に停泊しながら、たくさんの旅のはじまりの予感を感じた。