アート観光地から文化特別区へ?

島に引っ越して1年以上が経ち、色々と見えてくる。
島の良い部分もあるが、そうではない部分も。良くない部分をここに書くことは、ご近所さんや知り合いを責める言葉になるだろう。ただ、この島に住み、このコロナの今の島を記述するのは観察者である自分の仕事だと考えて、さらに自責の念も込めて書くとする。

直島では都会からいろんなスキルのある人々が移住してくる。彼らは自分のスキルを活かした新しい何かを作りたがる。(移住者の多い田舎ではよくあるのかもしれないが。)
「自分はこの島で何をやろうか。何か新しいやられていないことを立ち上げたい!」と。
僕自身も島に引っ越してすぐはそういう気持ちを持っていたし、今でも、この島で僕は何ができるか考えているし、何かを始めようとしている。
新しい何かを立ち上げる!とは、聞こえはいいが、田舎に住む地元民からすると、そういった新しい持ち込まれる物や変化はそこまで求めていないケースがほとんどであり、なのに移住者の多い田舎では様々な都会的な何かを良かれと思って持ち込もうとする。注意しないといけないのは、新しいものを持ち込まれると、前までの島の持っている環境や風景は変わってしまう。良くも悪くも。

もちろん移住者だけではない、そういう田舎に持ち込まれる都会的な何かは、どこか都会より尖っていないし、素の島の良さを引き出すというよりも、外から見られる島/田舎を内面化したような存在。それらは「海の家」的であるかもしれない。
直島は観光客が絶えないのもその傾向を絶対的に後押ししている。都会では買わないレベルの質や金額の物が売れてしまう環境。芸術祭の時にはバブル期のようななんでもバカ売れする状況がくる。「海の家」的とは、プロフェッショナルな意識やオリジナリティが少し低く、値段は観光客への値段で地元の人には高く、季節や流行が終わるとすぐに消えてしまいそうな。もちろん都会でもそう言うことは起こっているが数が多いので見えないだけかもしれないが、島の場合、「島にまだ無い、新しい何かを先にやったもの勝ち」「今のうちにやってお金を稼いで流行が過ぎたら潰せば良い」と言う感じがあって、小さな閉じたコミュニティ内でその椅子取りゲームもそのプロフェッショナルな意識を低下させているのかもしれない。もちろん移住者を責めたいわけではないのは理解してほしい。観光地という土地に住んで感じたことを書いている。いや、もしかするとここは「生活する」土地ではないのかもしれない。という疑問への答えは後で書くつもり。

まぁ、さて、
直島に約30年前に”現代アート”が持ち込まれた時、島にはカフェすらなかったし、観光客用に何も存在しなかったという。2005年に初めてのカフェができたときは、観光客も地元民も喜んだという。ただ、今ではほっておいても毎年10万人くらいの観光客が来るし、芸祭期間は50万人くらいは来る島。小さな島内はカフェや宿がひしめき合い、”直島”や”アート”というブランドに乗っかった様々なお土産が溢れている。来年の芸術祭を控えた島内は、今日も島の空き家や空き地に新しく宿やお店をやりたい人や会社が群がっている。
でも、少なくとも何もなかったこの島は、先人によって海外にも轟くアートの観光地になった。その産業を消費するばかりではなく、この島だからこそ都会では出来ない存在が生まれてくる可能性はまだまだあるはずなのに、と直島に住んで思ってしまう。小さな新しい産業の種を。

ここまで批判ばかり書いてしまったので、
ここから僕なりのこの現状に対しての前向きな提案/動きを書きます。

私事ではありますが、まずは、僕自身が実践していることを書く。
1、島の歴史や民俗などをアーカイブする図書資料館「瀬戸内「 」資料館」。
2、島の風景に何も触れずに、アートに頼らず、新しいガイドを作る「直島からみ風景地図」。
3、島民の人々と島の生活をよりクリエイティブにする焼き物の部活動「直島窯工部」。
4、アートはしない、でも勉強もしない、子供のための研究所であり私塾「しまけん」。

と、ここまで書いて、
「下道さん、これでお金を儲けられるのですか?産業になるんですか?」という批判の声が聞こえる。その通りであるので反論はしない。僕は既得権益の中で遊んでいるだけ? かもしれないし、そうではないかもしれない。でも、まずお金のためではない遊びの部分を最大限に広げて考えてみたい。
僕は、この島での活動は福武財団のサポートによる部分が大きい(もちろん島外で別の仕事も色々同時にしていますが)、さらに、妻が役場で働いていて共働きスタイルにしてくれているサポートも大きい、その上で自分が持てる小さな自由や小さな余裕を最大限利用して、この「お金にならない活動」を行なっている。
僕自身、今の直島の状況は「アートの観光のコンテンツをみんなで消費し続けている」状況だと思っている。それに将来を感じないから、上で愚痴を書いてしまったが。でも、その気持ちを胸に、この島の好きな部分をアートを使いさらに別の形に発展させたいと思っている。それは未来につながるタネになると思うからだ。すでに30ねん前に植えられたタネが発芽して出来た果実を消費しかせず、過去にリスペクトを持たず、そういう現状はいつか枯渇する運命にあるはずだ。今から新しいタネを植えて水をやらないと未来はない。
多分、そのタネを植える人々が少ないのがすごく気になって仕方ない。新しい何かを始める人も、結局は”アート”や既にある”直島”ブランドに頼っているのだ。いや、いるはいる、あの人やあの人。でも、ほとんどの人は、消費する人たちだらけ。できた果実に群がる人々。いや、いいんです、商いはそれで。でも、僕が話したいのは商いの話ではないではない。

実際に、この島に住み始めてみると、見えてくる良さがある。まずはしっかりとローカル感があり、ご近所づきあいなどは都会とは全く別の島感覚が残る。娘には色々と良い影響が出ていて、ご近所の大人や子供に遊んでもらい、挨拶なども上手にできるようになった。さらに「1歳からのネイティブによる英語教育があり」「外国人のご近所さんも多く」「外国人観光客も多い」ので英語の環境が近い、というのも小さな島という閉塞感がなく、外国人や英語が身近にあるのも面白い。他にもこの島は特別な色々と良さを持っている。だから、アートや憧れではなく、この奇妙に文化的に充実した住み心地をもっと膨らませていくことで、大人も子供もそういう”生活”ができるから移住したくなるような場所になったらいいなぁと思う。上に書いたすでに始めている実験はそういうタネである。

1、「瀬戸内「 」資料館」=アート作品ではなく、アーティストによる民俗図書館。
2、「直島からみ風景地図」=アートの観光地図には乗らない、直島の別の産業と人々の生活をみる地図。
3、「直島窯工部」=観光用陶芸教室ではなく、島民たちの集う部活動。
4、私塾「しまけん」=地元の子供と、絵もアートもしない私塾。

ま、どうなることやら。です。
僕の実験もちゃんと発芽するのか。

まぁ、成果が出てきたらここに報告します。ただ結構な未来になると思いますが。