老害すれすれ日記

「なぜ、”フィールドワーワーク”を授業にはじめて取り入れようと思ったのですか?」

ある美大のファイン系(デザイン系ではなく絵画/彫刻などの総称)の授業で”フィールドワーワーク”をはじめてを取り入れるらしく、外部からほんの少し関わることになり、昨日先生方とオンラインミーティングを行ったので、こちらから先生に質問してみると。その答えはこういうことだった。
「作品を制作するときに、”自分の中から”何かを生み出そうとしている生徒がほとんどなんです。さらに、制作のために調べ物をするときにそのほとんどがインターネットの情報からなのも気になるんです。」
という問題点。
”自分の中から”という響きにどことなく懐かしい感じがした。なんだかすっかり忘れていたが、美大のファイン系の学生というのは、哲学書や美術史の本を片手にアトリエに籠って、自分の内面と向き合いながら作品を作るイメージってなくはないし、現在華々しく活躍する作家の中にも”自分の内面と向き合う”タイプは全然普通にいる。もちろん、そういうのが嫌いな学生は感情や自我を極端に排除しながら美術史や素材/メディウムと向き合いロジカルでドライな作品制作へと向き合っていたように思う。ただ、泥臭タイプorスマートタイプ、どちらにしても、制作はアトリエ/スタジオで完結できることになるし、”フィールドワーワーク”をする必要はない。そして実はどちらのタイプも「作品を制作するときに、”自分の中から”何かを生み出す」方向であり、「自分」そして「素材」と向き合う傾向が強いとういことから見えるのは、外部の「対象」への興味の欠落なのかもしれないし、その「対象」さえも「自分」であり「素材」の中でに入り込んで内向きになりがちなのかもしれない。(そう言う方が美大生としては健全であり、別にそれが悪いとは一言も言うつもりはないが。)
そういう意味では、僕という美大生は、そういう美大の流れから早々にドロップアウトしてしまい、社会に半分足を突っ込みながら、まずはただの旅人になったのだと思う。現代美術を目指すわけではなく、旅をしながらその先で、風景と人々と出会い、手帳にスケッチすることをカメラに変えさらに文章を書き、そして、疑問を感じる社会や表現や素材の問題をその都度、独学しながら自分勝手に、、、、、と変化してきたに過ぎない。その中で最も影響を受けたのがジャーナリストであればジャーナリストに近い存在になっていたかもしれないが、写真家や現代美術家の影響も結構受けているし、民俗学や建築などの影響も多かったから、今ここにいるだけなのかもしれない。(だから、美術関係者が僕の作品/活動に強く興味を示さないのも、美大生が憧れないのも、自分なりに納得はしている。)


しかし、今の時代、僕たちの時代に比べて、経済的な豊かさは目に見えるように低くなってきているし、少子化が進んでいるので、美術大学のファイン系は特に、生徒も先生も、現実的にならざる得ないのも事実。つまり、昔のようなモラトリアムや”寄り道”が出来にくくなっている。一直線に目的地に到達して安定したいと思う学生が多い。作家を目指す学生も「ロジックを学んで、センスが良く作品を作って、卒業と同時にギャラリーに青田買いされて」と言うのを目指すのは普通なのかもしてない。
でも、そんなにすぐに自分の道ってわかるか? 
先生や誰かの言う通りに進めば、早道できるのか?


僕個人が考える「作品や表現者の面白さ」と言うのは、「ロジックを学んで、センスが良くて、出来たすごくいい一つの作品」みたいなのでもなく、そういう創作活動の先に、自分の中で譲れない何かや、深い興味の研究対象みたいなのを、ずーっと追い続けている状態や姿勢だと思っていて、センスのいい作品や写真が作れてさらに続けられるならそれは一番かっこいいけど、そう言う作品が作れなくてもがいている状態を継続している孤独の中に居続けられるか、と言う意識もすごく重要だと思っているし、作品からはそういいう事が伝わってくるものだと思う。これは現代と逆行した精神論だとか言えるかもしれないけど、表現者でも研究者でも、自分が見つけたテーマを変化しながらも追い続ける姿勢をみるのが好きだし、自分もそうありたいと思っている。
そう言う意味では、逆に今や、ネットとスマホで”みんなが表現者”みたいになっているし、表現者になる時間もハードルも下がっているのは理解できるが(例えば、スマホで魅力的な写真を撮れてinstagramにアップして多くの人に支持されるような事)、僕自身はそれに対しても、上のような理由で僕なりの明確な線引きをしている。つまり、もがきながら、寄り道しながらも、時間をかけて、それを続けている事。

僕自身は、それをさせてもらえたし、応援してくれる人々がいたから、続けてこれた、それは本当に幸運でしかない。そして、他人にそれを押し付けたりはしないように気をつけたい。


と、まぁ書かなくても良いような事を最近書いているのは、授業をするための自分の頭の整理と。8月に展示があって、そこで文章を書くために、文章を書くモードに自分を入れていってます。
こう言う内容って、twitterとかに書くと、すぐに粘着質な対応を受けたりするので、自分の場所で書くのがやはり良いですね。

では良い木曜日を。