直島窯工部の可能性? 


焼き物の部活動”直島窯工部”をはじめた。
武蔵美窯工部の後輩、なっちゃんが直島に住んでいたことがあり、僕ら家族も直島に移住したのだけど、そこから「島で窯工部をやろう!」と盛り上がり、(なっちゃんが密かに準備していたことも手伝って)勢いで作ってしまったのだ。
そういえば、美術大学時代に二年くらい油絵科に行かず毎日陶芸ばかりしていた日々。大学卒業後に三年ほど陶芸教室で先生をバイトでやっていた時間。それから18年たって、再び作陶の時間がやってきた。久々に作ってみたが能力がそこまで衰えていないな。(元々そんなに上手くはないが。)
学生の頃は、部活動で陶芸を勉強するのは、先輩からであったり、雑誌や専門書を読み実際に窯場巡りだったが、今の時代作りたい形や作り方が、SNSやyoutubeなどで簡単に大量に調べられるので、ネットの深掘りも楽しい。(特にビジュアル的なアイデアは格段に探しやすい状況に変わったが、逆にいい意味でも悪い意味でもパクリなどもやりやすい環境なのだとも思う。ネットによって、アイデアやビジュアル的パクリは簡単になったし作りやすくなったが、やはり深さの無い存在が爆発的に増えているのだろう。石川くん的に言うと、作家ではなくクリエイターになり”全員が表現者”に、そして作品は消えコンテンツに。)

ただ、
陶芸を初めてみて、ぼんやりと「これはいけるぞ!」、という手応えがあった。
何が「これはいけるぞ!」かをここに書きながら考えてみる。


その手応えの一つは、普段、自分の”作品”を作っているときにもどかしかった何かがズレた感覚。一言で言うと、”食器”なら作品とは違ってガンガンプレゼントできるぞ、という感覚かもしれない。笑 いや、作品もお世話になった人にあげたりはするが。作品を作ることは今ではいつの間にか僕に取って大切な仕事になっている現実があり、それは大切なのだけど、変なプライドやら何やらも沢山くっついてきていて、なんか面白くないところもあって。ただ、自分にとって陶芸はそこに属さない自由さをまだ持ち得ている新しい場所/ラインなるかもな、と。
いや、島にくる前に同じように陶芸に出会い直ししていたら、陶芸すらも作品内に取り込んでいたかもしれない。ただ、直島移住と陶芸部が偶然に重なって、今の「これはいけるぞ!」を感じている。

島に移住してきてまず驚いたのは、多く採れた魚や野菜などもらうことが多いこと。「食べ助け」と島の人はいう。(”私がたくさん持っていても腐らせるだけだから、貰ってもらうのは私への協力よ”と言う、人に贈与しながらへりくだる、素敵な言葉。)直島では、とにかく、ご近所さんに何かをよくもらう環境がある。ただ、だからと言って、僕が「今度はこちらの番だ」と魚や野菜を自分で取ったり作ったりして、「食べ助け返し」をできるわけでもなく。引っ越したままの状態の家でなかなか人も招待できず(コロナもあるし)、これまで一年人からもらうばかりの生活になってしまっていた。”お金を介さない交換”の中でプレイヤーになれていないジレンマ。そんな中で、陶芸部で自分自身が作る食器によって、僕は独自の生産者になり、この交換の輪に入れるかもしれないというのが、”手応え”の一つなのかもしれない。(交換がモノである必要はないし、これが正解かはまだわからないが。。)

今の所、売り物としても、そして作品としても、陶芸を考えていない。
それは僕の周辺に陶芸家が沢山いるからかもしれない。僕にとって陶芸がプロではなくただの趣味だからかもしれない。でも、自分の制作活動の中には、根本的に”物の値段”への興味に関係していて、それが今くすぐられている。
例えば、食器というのは誰しもが使うものだから、値段が結構シビアに判断される。「このくらいのコップなら手作りでも1500円から高くても3000円以下でしょ」みたいなバランス感覚が誰しもあって、それ以上の値をつけると、すぐに「高い!」と判断される。労力に対してこの値段はシビアだし、すごくキャリアのある人でも値段がそこまで上がらない傾向にあって、生業としては大量生産になっていく。逆に、陶器でもそれが「置物」の場合は食器とは別の評価軸で値段をつけることが可能だったりする。さらに器だけど「茶碗」「花瓶」みたいな特別な価値がつけやすいものも存在している。「置物」は”使える”という判断基準から外れるし、「茶碗」「花瓶」が普通の食器と別の価値観を持っているのは茶道や花道というパフォーマティブな舞台をもつ世界がすでに作られている枠内だからだし、どちらもある意味でアート的な枠内(既存のリングと言うべきか)を持っているわけ。逆に、食器からお金的価値を排除して、贈与のアイテムと考える事で、既存のリングでは測れない場所に創作を持ち込みたいとか、リング自体を作りたいという欲望が作品制作と結びついているところがあって。(これは窯工部の先輩や、陽光くんの影響だな。ヨウコウ。)
まぁ、そんなことをゴタゴタ考えながら、逆に、今作っている”採れたての食器たち”は、”値段をつけない存在”として価値を考えるのはどうだろう、と夢を膨らませてしまう。

島の自宅に帰ると、採れたての鯛がコンビニ袋に入ってドアノブにかけられている出来事に対して、自分がどう立ち振る舞うのか…、これは試されているのだ。(これはアートでありロックの問題ではないだろうか、と。)

島に住む数年の間に、しっかりと技術もつけて、島の様々な家庭で普段使いに色々と使われていくと良いなぁ。いつか、「うちには下道さんの作品があるぞ。見るか?」とか島のおじさんが言っている光景、、面白いだろうなぁ。。。何十年か後に割れて注がれた食器になっていたり。。。さらに、僕とかなっちゃんの手を離れて、直島窯工部の部員にレジェンドが生まれてくるといいなぁ。。。


……………と、、、そのためにも、人々が喜んで使ってくれるレベルまで技術を持っていかないと。

忙しい忙しい。