メディア(伝達方法)とメディウム(制作素材)

美術家というのは、美とは何かを考える人たちなのだろうけど、その実態はメディア(伝達方法)/メディウム(制作素材)の歴史の研究者のように、それらの歴史の中で思考し存在してきたのではないか。油絵の歴史、彫刻の歴史、写真の歴史、、、といいう風に。
美術大学に入ると、油絵、日本画、版画、木彫、石彫、写真などと、扱う素材によって学部が分けられるし、美術館やギャラリーもそういう専門性があるし、やはり、作品を作るメディア/メディウムによって、世界が分けられていた。美術家たちも、自分の生きる/挑戦するメディアの歴史/専門性の中で自らを位置付け、新たな1ページを生み出そうと奮闘していた。それぞれの作家がそれぞれの根っこを持つように。

僕の場合、大学で油絵を専攻したものの早々と油絵や平面作品への興味を失ってしまった。友人たちは「なぜキャンバスに描くのか!?とか平面作品の今は!?」と議論しながら制作に励んでいたのに。その頃の僕は、焼き物にはまって、毎日、アトリエではなく、焼き物サークルの部室へと直行する毎日を過ごしていたし、民俗学の授業の面白さから民俗学の本を読むようになった。多分、メディアの歴史や枠組みの中で何かを作ることに全く興味を感じないまま時が流れた。
様々な文化も研究も、専門性やルールやリングがあるから成立する。最近、M-1で「これは漫才なのか?」という議論があったが、リングがあるからそれをはみ出る楽しさがあるのかもしれないし、そうやって美術のジャンルも脈々とつながってきていた。なのに僕の場合、どうしても、既存のリングの上に上がるのに、興味を持てなかったし、すぐに降りてしまう。それに強いコンプレックスを持っていた。根っからの根無し草である。

デビュー作となった「戦争のかたち」だって、最初はタイポロジーやモノクロ写真を実践しながら始めたのに、最終的にはあんなゆるゆるな形になっていき、完成間近の時に意見を聞きに行ったのは、大学時代の民俗学の先生と建築の雑誌と都築さんの事務所への持ち込みだったし。

ただ、美術の世界でメディウムの縛りがリングやルールにはなり得ない時代になってきているのも事実。大学の学部も崩れてきているし、常に新しいメディアを扱ってきた”メディアアート”というジャンルが過去の言葉になってきていることからも理解できる。今は、自分の表現したい何かしらを見つけ、その内容から様々なメディアを選び、そのメディアの歴史を調べた上で最良の組み合わせを探し制作することが増えているように感じる。(もちろん前からやっている人はやっているが、枠組みの輪郭が曖昧になっている。)

ただ、逆に、同じメディア/メディウムをずっと思考しつづけて制作してきた過去や現在の作家たちの硬派な格好良さに唸ることも多く、憧れてしまうのは常にある。画家や彫刻家や写真家を名乗り続ける先輩や友人たちに対して。