春に池で海水浴 続


今の生活のリズム。
それは愛知に住んでいる時とは全く違うリズム。
それが今は心地よい。

朝5-6時に起きる。で、7時に娘とお妻が起きてくる。コーヒーを飲み朝食を食べる。
妻が役場へ出勤。娘を連れて車で保育園へ(約五分)。娘を送り出し車に乗り込む瞬間に気持ちが切り替わる。その足で仕事場/資料館へ行く(約五分)。9時半くらいから、自分の作業に没頭する。11時半スーパーで買い物、自宅に戻り妻と昼食。13時半から16時まで再び「資料館」で作業。16時半に娘を迎えに行き、公園や浜辺で夕飯まで遊ぶ。夕飯の準備をして食事。風呂に入り、娘と寝てしまう。21時。
このルーティーン。

休日は、全ての仕事を家に持ち込まず、娘と遊ぶ。
(幼い娘といる時、彼女の前で、スマホや仕事など自分の事をするなら、彼女にもスマホや動画や何かしらを与えるべきで、それができないなら、彼女と遊ぶことに集中る方が、お互いに健全な時間を過ごせる)

僕自身の展覧会やワークショップなどの今年の予定は、ほぼほぼコロナで延期や中止になった。
国内も海外の予定も無い。つまり、40過ぎて、今、無職に近い。
コロナが騒がれ出す前、今年のはじめに突然、島へ移住する事や、妻が島の役場で新しい仕事を始める事、娘の島の保育園へ移る事を準備しはじめた。3月には車一台、トトロの草壁一家のように引っ越した。愛知の家は妻の実家なので、作品や大きな荷物はそのままにして、最小限の荷物のみで、島でやってきた。(捨てていないので)断捨離ではないが、どのくらいミニマムな状態で生活できるかの実験のようで、身を軽くした。そこにコロナがやってきて、移動もできないし、入っていた仕事も潰れていった。

飲食店や旅行業やたくさんの人が大変な思いをしているのだろう。
ただ、僕も真っ白のスケジュール帳を目の前に、妻が育休から新しい仕事に復帰したこともあって、なんとか持ちこたえている。これまでも、自転車操業の家族経営。その乗り方が変化したに過ぎない。

僕はというと、毎日、資料館の椅子に座り、いつ完成するかもわからない未来の制作の空想をしはじめた。
これも結構忙しくて、すぐに娘を迎えにいく時間になってしまう。
昨年までは”予定に追われる忙しさ”だった。それは、自分の表現の蓄えを消費していくような状態だったのかもしれない。消費しながらもその経験で新しく蓄積も作れるのがベストだが、それはなかなか難しい。表現者は”若手”で発表のチャンスを与えられてキャリアをはじめられても、中堅で継続していく壁にぶつかることは少なくないのではないか。さらに、中堅ではある程度認知されている分、扱い辛いのか、発表の声も若手に比べて減る傾向にはあるだろう。
僕の場合、コロナは予想していなかったが、(”中堅”に押し上げられ、また別のフェーズに入り)仕事が少し減ることも少し予想をしていて、このような動きをとった。貯蓄するための時間を、作る速度をギアを少し落とす生活スタイルを実験する。有名になって左うちわで島に移住では全くない。
以前も書いたが、まずそのためにはベースが必要で、ギアを下げるのに重要なのは「家賃を低コストに抑え」「家族やミニマルなサイクルで助け合い生きる」こと。

ただ、数日前にある用事があり、お世話になっている大先輩にこの自分の置かれた状況をメールすると、
「下道さんはキャリアもあるのだから、学校の先生をやるなり、奥様に何かあった場合も考えて、
確実な収入の道を確保されることをすすめます。」と返信があり、落ち込んでしまった。
なぜなら、本当にそれはその通りだから。美しい事を言っているようで、実は妻に頼りすぎなのだろうし、痛いところ。
でも、もし、学校の先生をすると、先生という職業に専念したくなると思うし、それは表現者である事をやめるくらいの出来事になるかもしれないし、(妙に安定してしまうし、)それは慎重にしたい、というのも事実で。
僕はこの数年である程度消費された僕の中身や外身をもう一回自らひっくり返して生まれ変わらないといけない時期にきていると思う。人の真似でもなく、自分の過去も真似ない、受けたネタを使いまわすこともしない、と決めて、新しい歩みをはじめている。そういう、毎日を過ごすのも恐ろしくも、ドキドキしながら、冒険者のような気持ちなのだ。まずは3年。なんとか生き抜き、その間に。


で、
朝5時半とかに、最近、こっそり、誰もいない海に浸かりに行っている。ボード片手に。

それは実は色々な島民にばれはじめていて、波もない海に浮かぶ黒い影は「ナオッシー」と呼ばれている。。。

2020.5.8