中国に来た。
2010年の「torii」の取材以来、もうあれから8年くらい経つだろうか。あの時はで、北京経由で長春に5日ほどだった。
今回は「大連」から入り東北方向へ電車で移動していく。北朝鮮との国境の町「丹東」、そして「瀋陽」、旧満州の首都だった「長春」、そして「ハルビン」と、2週間の中国東北部の旅。中国は、現在15日以内はビザが要らないので、今回、急なスケジュール変更で空いてしまった6月下旬の2週間でこの旅を決行することにした。
今回、フィルムカメラとデジタルカメラ、三脚と取材の構えではあるが、撮影を決めているのは、新たに見つけた「torii」が2箇所のみ。正直、最近、ただただ”旅”に身を置いてみたい、と常々思っていたのもこの旅に踏み切った理由だ。それは、日々googleやtwitterやfacebookやニュースサイトに時間を支配され過ぎていて自分から発見する能力の退化を感じることや、知らない街を歩いても開放感がなく逆に製作の”ネタ”を探しているような感覚を覚えてしまう自分の癖に嫌気がさしていた。つまり、旅や散歩自体が仕事になっていく感じ。旅は、出会いと創造の泉だ、ただプロの旅芸人にはなりたくない。だから、今回はただただ”旅”に身を置いてみよう、と。いや、実際それは可能なのだろうか。中国は、基本、googleやtwitterやfacebookやinstaも使えないのは好都合。
ただし、どこへでも行っても良い、では、どこへも行けない。タクシーに乗って大金を渡して「運転手さん、どこかへ連れてって」と言えば別だが、電車でもどこどこ行きのチケットは買わないと行けないわけだし、あてもない旅はなかなかあり得ない。だから、今回は新しく見つけた「torii」の撮影を2箇所の”目的地”にしながら(この2箇所のみの撮影なら4−7日間あれば済むが)、少し範囲を広げて「旧満州」を彷徨うことにしたのだ。目的地は点であって、旅は線だ。点がなくては線は引けない。道端で何と出会うかが重要ではないか。「旧満州」を選んでいるが、今後のテーマに何かを行う予定は全くない、ただ、自分が反応しそうなキーワードが多い場所を選んでだらここになった。例えば…、「周縁」「境界」「カオス」「生活感」「無名の」「歴史と現在」「近代と戦争」「モニュメント」「デジタルデトックス」「はじめての場所」「二度目の場所」など…。 だから、これはただの中国の旅であり、どこでもない場所に身を晒して、この自分の目や体が何に反応するかを確かめるのだ。もちろん何も期待していないと言ったら嘘になる。新しい何かと出会いたい、作りたい、生み出したい、そういう強い気持ちが根底にはある。ただ、残念ながら(幸運にも)、今は手元に何もないのだ。製作の種のようなものが。