感じたことを少し文章にして整理してみたい

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photo: ArchiBIMIng

先日、ヴェネチアビエンナーレ日本館での展示がオープンした。
内覧会を体験してきたので少し書いてみようと思う。

感想を、本当に馬鹿みたいに素直に書くと、
”美術に関わる人や美術を愛する人の熱量を肌で感じた”時間だった。
いや、本当に贅沢な体験だった。
その贅沢というのが、オープニングとかの華やかさ…、という意味ではなく、人々の熱量や空気感が。
僕たちの展示の会場から出てきた人が「あなたたちの展示!素晴らしいわ!!」と全身で伝えてきてくれたり、たくさんの熱い質問を投げかけられたり。なかなか、日本では体験しない感じ。僕たちの作った作品/装置/体験を様々な形で受け止められ返された、心に残る3日間。(噂では聞いていた、関係者を集めての夜な夜な行われるディナーパーティーなどは開かず、設営や下見からずっとそうだったのですが誰かの部屋に集まり、みんなで料理をしてワインで語り合う合宿のような日々を過ごしましたが、これもこの上ない贅沢だった。)

僕たちの展示自体、それぞれ個人の制作物をベストな状況で見せる、というのと同時に、一つの15m×15mの空間でコラボレーションや共同作業を形にするか、そこに結構神経を使って制作もしてきました。展覧会を見た人から、その繊細に進めてきた展示に込めた様々な箇所がかなり伝わった上で質問や反応されていたことにまず驚いたし、さらにほかの国々の作家との間に同時代性の問題意識などを感じられたり、特に作家同士の会話では言葉を超えて伝わる感覚もあったし、美術という”仕事”の奥の深さを引いた目線で自分の肌で感じたことは得難いものだった。

展示の内容自体は、それぞれ個人が作り出した映像と音と物語/文章が空間内で混ざり合って一体化したもの。それぞれが別々の存在として独立してグループ展のようにも感じたり、逆に一体化して一個の映画のようにも感じられなくもない状況。ただ、映画のように一本のタイムラインに、映像と音やテロップが一体化したものではなく、それぞれがそれぞれの時間を持ちながら干渉しあって一体化している状態で観客はいつ来ていつ見て帰っても体験できるものになっているだろうし、建築家がメンバーにいる事で展示空間である建築物により深く関わりを持ち、”ここだけ”の体験になっていたら嬉しい。

キュレーター(服部浩之)と作家(下道基行)と作曲家(安野太郎)と人類学者(石倉敏明)と建築家(能作文徳)のコラボレーション自体がキュレーションの中心になっている。そのキュレーションのその実態は、未来に起こるかもしれない化学反応による新しいクリエイティブのための人選(種まき)と対話と共同作業(水やり)。それは個展やグループ展とは違う場所に力点があると思う。僕が2015年から制作してきたシリーズ「津波石」を起点に、様々な形で一緒に津波石を見に旅をして、作曲家はその旅で聞いた鳥の囀りから作曲をはじめ(ゾンビ音楽という自動リコーダー演奏器自体は彼がずっと行ってきたこと)、人類学者は津波石の存在する周辺の島々で神話を集め、建築家は日本館と言う建築と建築家に敬意を払いながら建築空間と対峙し、日本館という一つの空間内で新しい作品/体験として組み上げるというものだった。個人的にシリーズ「津波石」自体は、すでに完成間近であったが、人類学者の石倉敏明さんと2度石垣島や多良間島を二人でフィールドワークできた体験はこのシリーズ「津波石」を作る過程の中で、僕自身の考え方に大きな変化と新しい挑戦の余地を与えたし、日本館の空間内で建築家の作ったスクリーンに投影され、安野くんの音と石倉さんの文章と混ざり合った瞬間に、”作品”は新しい何かへと変化したように感じた。

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photo: ArchiBIMIng

今回、ヴェネチアの日本館で展示することが、日本代表のような立ち位置になってしまうことや、帝国主義的な磁場がある場所であること、僕のようなアウトサイドな作家がそのような舞台に立つこと自体、正直、本当に自問自答し続ける1年だった。今でも。
(さらにいうと、コンペでは僕ら以外のプランは見ごたえのあるプランもあった。僕たちのプランが採用されたのは、様々な”タイミング”の問題であり、幸運だったとしか思えない。例えば、「これまでの数回、中堅の個展が続いていたこと」もあっての、僕らの実験的なプランが採用されたのでは無いか?)
今回の日本館での展示は、今この国を代表する作家の個展やキュレーターが論文的につなぐグループ展ではなく、誤解を恐れずにいうと”様々な種の周縁の者たちが集まり一緒にバンドを組む”ような実験的な現場だった(メンバーの皆様すみません…)。
日本館の空間の中ですべての要素が一つになった時に、「(ほかの完成の形もあったかもしれないけど)これ以上ない一つのベストは出せたな」と感じたし、他のメンバーの顔にもそれが見えたように思った。自分の手を離れ、新しい作品が生まれてきた瞬間でもあった。バンド的に言うとみんなの音が一つになったグルーブ感。まとまらないで崩壊する可能性だってなくはなかった。奇妙なグループ展にも個展にも見えてしまうようなまたその逆のような、新しい展示のあり方や体験を日本館で実験する機会。なかなか理解されづらいだろうが。それは、美術館ではなく、レジデンスの学芸員としてずっとキャリアを積んで、これまで様々な新しい作家同士の出会いや化学反応を起こすことを喜びとし、これまで自らの仕事をしてきた服部くんにまんまと乗せられ、まんまと何かが生まれたな…と、その時同時の感じた。(賛辞として)
正直、鑑賞した人から「展示良かったよ」と言われると、自分だけの作品ではなく、バンドの一人のメンバーとして、それを受け止めるみんなに伝えるだろうし、この感覚は初めての体験かな。僕=津波石映像はなんだろう、やはりベースかな。だから「このベースライン最高」と言われると自分だけの喜びかもしれないし、もし誰かに「歌詞が良かったよ」と言われると、ボーカルに伝えるように石倉さんに「褒められてますよ」と伝えるだろう。

さらに、展覧会にはオープンに合わせて、制作や思考のプロセスを入れたカタログを制作した(デザイナー:田中義久)。映画のパンフのように鑑賞後に手にしてほしいと、会場では安く買えるようにした。これも重要な展示のパート。さらに、この展覧会終了後にも、もう一冊出したいと思っている。これは、今回のこの日記のように、展示が始まった後から始まる思考や、展覧会中に様々な人によって語られた事をさらに受け止めた上で言葉にしてく作業を計画しその為に、展覧会終了後に発行する文章メインのカタログ第二弾も出版を進めている。
帰国展として行う2020年アーティゾン美術館(新ブリジストン美術館)にもご期待ください。ヴェニスの展示をそのままは持っていけないので、かなり別の展示になると思います。
両方見ていただけたら、なお嬉しい。
本当にメンバーやスタッフや協力者、内覧会に駆けつけてくれた方々に感謝です。