5年くらい前、友人のアーティストから「下道は少年っぽいなぁ」と言われた。彼は博士を取って大学の教授をやっていて、その時多分、僕が「大学の先生なんかになって…」などとジャブを入れた時のカウンターだった。ちょうどその頃、僕は小学3-5年生くらいの子供たちの「教育」に興味を持ち、自分で島に塾を作って、さらに美術館と中高生の表現の場を作ろうとしていた頃、色々と語り合っている時だったと思う。
(もう彼は忘れているだろうけど)僕が彼の言葉から感じたのは、「(彼自身は)大人の学生に高度な言葉や思考で教育に関わりたい」という意志だったし、なんだか自分がロジカルじゃなくて、子供っぽくて馬鹿にされたようにも感じた。(先に書いておくと、だから最近、大学で論文を書きたいわけではない。)
なぜこの思い出を急に日記に書こうかと思ったかというと。
昨日youtubeを見ていて、サッカー選手を引退した後の中村俊輔が「今後日本代表の監督とかをやりたいか?」という話題に、「最近小学生にサッカーを教えていて、それは”今の自分を作ったのはこの頃だった”から」と答えていて、共感を覚え、ずっと引っかかっていたこの友人との会話を思い出したのだ。
そうそうつまり、その頃、僕に娘ができて「教育」に興味を持ち始めた時に、まず小学3-5年生くらいの子供たちをターゲットにしようと思ったのは、やっぱりこの頃(小学校3-5年生)の経験が自分にとって大きかったし、自分の大きな根っこを作っていると思ったからだろう。考古学に興味を持って調べ物をしたり、記録したりファイリングしたり。さらに野球に打ち込んでいてバットがほしくて自分で1から作って失敗したり、そういう中の一つに絵を描く経験はあった。そういうアートとは全然関係ないこの頃の経験がごちゃ混ぜになって大人になった時、もし作家になった時の個性や底力になると思うし、それが作家ではなくて料理人とかいろんな仕事でもそれは大切な財産になると思う。だから、教育として「大人の学生に高度な言葉や思考で教育に関わりたい」と思っていなかったというよりは、そっちの方がその頃の自分の関わりとして重要だと思っていた。し、やっぱり美大もバットみたいに1から作りたかったのかも。
最近、大学生にも関わらせてもらう時に、そういう幼い頃の経験が少なくただただアーティストに憧れて入った大学生には底力や興味の深さがないように感じることがある。過去の作家の引用と今の社会問題とかを混ぜ合わせて、妙にそれっぽく、逆に内容の薄さをそういうので補って形作っているだけの作品というか。
(いや、でも、自分の場合、大学生の時に美術を好きな友人たちと出会えたことや一緒に制作し展示を作ったことは大きい。さらに絵以外に陶芸にハマったり友人たちと旅をしたり、子供の時ではなできない全く別の経験も底力になっているし興味の幅をもっと広げられる時期ではあるし、大学という場にも無限の可能性を感じているのだが。その話を思い出したという日記でした)