出身校である東京綜合写真専門学校に最近、少し関わるようになり、自分の中で感じていた写真と絵画の関係を思い出しながら少し書いてみる機会を作ろうと思う。
私が美術大学を卒業した2001年は、時代的にちょうどデジタルカメラが普通に使えるレベルになってきた頃だった※1。まだまだ解像度やクオリティや値段的にも、写真家たちはほとんどがフィルムカメラを使っていて、絵筆をカメラに持ち替えた私もフィルムで撮影を始めた(カラーフィルムのレンタル暗室に通いながら写真を焼いていた)。
今はAIの時代だが、その頃すでにデジタルによって、写真の「記録性」は急激に色褪せていく時代の変化を感じていた。いや、それ以前の写真が真実を写していたと言いたいわけではない。しかし、私自身、キャンバスを通して自分自身に向き合うのではなく、ファインダー越しに目の前の世界に向き合い「記録」「記述」したいと思ってカメラを手にしたが、同時にこれも自分の表現の最適な”絵筆”にはならないと感じていた。
それでも、私もカラーフィルムを使って風景にカメラを向け始めた。写真専門学校に入り、写真を表現手段として選んだ同年代と出会った時に、絵画をやってた時(いや陶芸をやっていた時の方が長いかも)との違いを感じたのは、カメラや印画紙はブラックボックス化し当たり前に買って使う商品であり、機械であり化学であり、写真での作品制作は巨大産業として社会構造に組み込まれている点だった。
生徒たちも、フィルムカメラかデジカメか?銀塩かインクジェットか?メーカーなどを頻繁に議論していた。これまで専門家によって語られてきた写真史のための写真は写真集や雑誌の中のイメージの中の話であり、だからカメラや印画紙やプリント自体の物質性を批評的に言及できた作品は多くなかったのだろう(もし考えたとしてもピンホールカメラなどの原点回帰のようなやり方で、やはり「機械」「装置」との向き合い方)。それがデジタルやインクジェットという新しい素材が台頭して来て盛んに議論されていたが、自分の場合、美大で土を自分で掘って窯をレンガで作って薪で陶器を焼いて作っていたこともあり…、写真は”当たり前に買って使う商品”に縛られている不自由さを感じていた。
絵画は歴史も長いがある一部の人々の”高級な趣味”である反面、写真は歴史は新しく逆に広く誰でも身近にあるもの(さらに趣味で投資する愛好家(ハイアマチュア)も多い)。しかし逆に、今も未来もキャンバスに描けば絵画になる強さがあるが、写真は物質的意味を急激的に失いつつあったし、印画紙(紙)にプリントすることや出版物も含め、作品の支持体が特に揺らいでいたようだった。
私が写真を撮り始めた2000年代前半で、すでに評価を得ていた1世代上の写真家たちは、そのままフィルムを使って風景と向き合い写真プリントを作って、楽屋さんに額に入れてもらい作品を作れたとしてもなんの問題もなかった。しかし、私(や私の同級生たち)の時代は、その地面が揺らぎ、すでに彼らと同じ手法は使えないのだと、なんだか諦めのようなものを感じながら写真プリントを作っていたし、だからこそ、私は、ストレートフォトではなく、インタビューやドローイングや地図などと一緒に写真を意図的に混ぜながら空間で表現を作るようなスタイルへとなっていった。自分に合う手法を求めながら、表現を続けてきたし、続けているのだろう。(風景や静物を、絵を描くのが好きで入った美大、しかし絵画は素材から解体された後で、ただただ描ける時代は終わっていた。そこで風景や静物と向き合う手段として写真を手にしたが、ここも急速に解体が始まっていると感じたし、居場所がない感じ。)
話は変わって、
昨年、久しぶりに写真のグループ展に参加し、実力のある同世代の作家が集まる機会であった。そこで久しぶりに、美術業界と写真業界の”当たり前”の違いについて触れた。それは、「プリント」と「額装」に関する質の高さと逆に無意識化(ブラックボックス化)で、ある意味で20年前とそこまで変わっていないなぁに感じた。もう一つは多くの写真家たちが「雑誌でミュージシャンを撮影する」など、業界で仕事をしっかりしているということ。それらはまだまだ写真が大きな産業構造の上にあるということに気付かされる機会でもあった。(画家や美術家の場合、直結する社会的な普通の仕事はなく、ある意味で”作家”としてアートマーケットで生きるか、別の仕事を生業にするかしかない。教育者は別として。)
先週は、京都で行われてる写真芸術祭を少しまわった。もう何年も前にこの芸術祭に行ったが、あまり興味を持てなくそれ以来行ってなかったが、今回は全体として意識的な変化を感じたし、見やすかった。これまで写真芸術祭は、美術の芸術祭は行政が主体になる一方、写真の場合は未だに写真産業が強く、タイアップも多くその意味ではお金はあるのだと思ったし、ある意味で”作家”ではなく”愛好家”の裾野の広さゆえに、高い意識で素材を意識した現代的な写真の展示が驚くほど少なかったように思うが、今回の写真芸術祭では空間全体をデザインするチームが入っているのは明らかで、素材への意識は高かったし、ある意味で「額装」業界から解放され、写真集を「空間」で作るような展示が増えていて、見応えがあった。
ただし、それによって、全体として「プリント」を中心とした物質としての写真の存在は退化したようにも感じた。イメージはデザインされた空間の壁紙になっているように写真が扱われ(森山の展示だけの話ではなく)、写真自体への問いかけは少なく、もう私が写真を始めた25年前とあまり作品として成立させるイメージの扱いも大きく変化しているわけでもなく、非常に懐古的で、結局は新しい”作家”も技術のある”カメラマン”が社会問題を扱うような、別ではピンホールなどの原点回帰か、プリントの上に物質を載せるなど、、大きな流れとしては制作方法や問題意識は変わらないまま、より物質性を失い空間表現へ向かっている、そんな印象を持った。
「美術家」はアートマーケットで販売を行うが一般の社会的構造とは距離がありその社会的構造自体を意識的/批評的に作品に取り込んできたが、「写真家」は普段は雑誌やウェブなどでカメラマンとして仕事をしていることは多く社会的構造との関係が根強く、今でも無意識に作品を既存の社会的構造の上に作り、イメージの問題と向き合い続けているようにも感じたし、それが空間表現になった場合、美術以上にエンタメに向かっているように感じた。決してそれが悪いわけではない(し全ての作品や作家に当てはまらないし)。これは、ただの感想だ。
しかし、作家自身や業界自体が立っている産業構造を無意識でいて、新しい作品は生み出せるのだろうか?
※1 「1990年代後半に登場したデジタルカメラは、2000年以降、波状的に拡大していく。これまで高価なプロ用超高級機にとどまっていたデジタル一眼レフカメラを一般コンシューマーに広げたのは、2000年(平成12年)9月に発売の「EOS D30」だ。新開発の325万画素大型CMOSセンサーやRGBカラーフィルターを搭載し、独自のデジタル信号処理を実現。(canon公式サイト)」